カスタマーレビュー
おすすめ度:
世界が変わる
(2008-11-29)
著者自身が感じた世界観の変化を本書を通して自分自身も感じた。
普段何気に接している彼らの重い宿命を無視して、
「日本人でも韓国人でも関係ない」とはだれが言えようか。
国籍や民族をわざと無視する自分は本当の意味で彼らと
理解し合おうとしていたのだろうかと自問できるいい機会を
この本は与えてくれた。
著者の真摯な姿勢と血の通った筆使いが一級である。
知らない世界が眼前に広がっている。手を伸ばせば届く距離に。
「差別」と「区別」
(2007-08-20)
「大宅壮一ノンフィクション賞」「講談社ノンフィクション賞」ダブル受賞作品と聞いて期待して読んだため「ガッカリ」しました。
野村氏の「独断」と「偏見」が多く読みにくいです。
たとえば「ロス暴動」で朝鮮系商店が襲われたのは日本の「殖民地支配」が原因という記述。「良い」ことも「悪い」ことも日本が原因というなら理解できますが「悪い」ときだけ日本を持ち出しても説得力はないでしょう。
日本は「朝鮮戦争」や「ベトナム戦争」で「血」を流さずに法外な利潤を得たという記述。「朝鮮戦争」が起こった時、日本は連合国軍に占領されており、「ベトナム戦争」にしても「憲法」の制約があり「血」を流したくとも流せなかったのではないでしょうか。(「朝鮮戦争」では日本人も掃海作業で死傷者を出しており、まったく「血」を流していないわけではないと思います)
「差別」と「区別」を混同するような記述もあり、全体的に「いいかげん」な本という印象をうけました。
96年当時は「タブー」を描いた「衝撃的」な本だったのだと思いますが、そのぶん現在の視点で見れば「アラ」の目立つ本だと思います。
とっかかりとして
(2006-09-18)
本書が出版されてからもうすぐ10年とは早いものです。その間、在日韓国・朝鮮人(こういう表記が嫌だと「在日コリアン」になるのでしょう、面倒ですね)を取り巻く状況に大きな変化はあったでしょうか。
韓流、嫌韓、拉致問題といったマスコミ的・政治的に注目される動きがあり、ニューカマーの韓国人も増えるなど、韓国・朝鮮の問題と「在日」問題が絡み合い、状況は当時に比べ益々複雑になっていると思います。
本書には、時に過剰に感傷的になるきらいがあるも、野村氏の真摯な姿勢が感じられ好感が持てます。勿論、著者の視点は絶対ではありませんが、日頃「在日コリアン」について疑問なり興味を持たれている方には、とっかかりの書として一読することをお薦めします。
手垢のついたテーマを新鮮に
(2006-05-05)
書かれている内容はじつはさほど目新しくもないんだけど、
新鮮な文体でつづられると伝わり方が違ってくる、という見本。
ヘビーなテーマも、ヘビーなままで提示しても誰も読まないけど、
これだけ‘売れる’本に仕上げた著者の力量は確かなものといえるでしょう。
取材で得た情報をどう伝えればいいのか、たいへん参考になります。
著者の成熟した視点を感じさせる
(2005-12-11)
文句なしに面白い。日本人は「日本」というフィクションの中に生きている、と著者は言う。「日本」という国の内実に、在日コリアンという存在を通して、光を当てる見事な著作である。なにより、そこに生きる人々の息遣いが聞こえてくるような、民衆レベルでのアプローチは、学者の著作にはない、ノンフィクションならではの魅力である。日本社会が排他性を持つ程度に、在日コリアンは民族の殻に閉じこもらざるを得ない。そして彼らは、祖国の分断からくる、政治的な問題までをも抱えている。著者は、それにとどまらず、在米コリアンや、ベトナム戦争からの帰還兵などにも光を当て、視点の相対化を怠らない。単なる同化でもなく、民族への回帰でもない、「恨」を越えた、普遍的な人間としてのあり方を具現できる存在として、日本社会が在日コリアンを抱えているのは、本当に「幸運」であるのかもしれない。韓国や北朝鮮を、誰よりも相対化できているのも、在日コリアンであるという下りには、相当頷けるものがある。総連の罪も指摘しつつ、総連傘下にあるというだけで、直ちに北朝鮮と繋がっているとする単純思考に警鐘を鳴らすことも忘れない。総じて、著者の成熟した視点を感じさせる力のある書物である。多くの日本人が目を通すべき著作である。
おすすめ度:
世界が変わる
著者自身が感じた世界観の変化を本書を通して自分自身も感じた。
普段何気に接している彼らの重い宿命を無視して、
「日本人でも韓国人でも関係ない」とはだれが言えようか。
国籍や民族をわざと無視する自分は本当の意味で彼らと
理解し合おうとしていたのだろうかと自問できるいい機会を
この本は与えてくれた。
著者の真摯な姿勢と血の通った筆使いが一級である。
知らない世界が眼前に広がっている。手を伸ばせば届く距離に。
「差別」と「区別」
「大宅壮一ノンフィクション賞」「講談社ノンフィクション賞」ダブル受賞作品と聞いて期待して読んだため「ガッカリ」しました。
野村氏の「独断」と「偏見」が多く読みにくいです。
たとえば「ロス暴動」で朝鮮系商店が襲われたのは日本の「殖民地支配」が原因という記述。「良い」ことも「悪い」ことも日本が原因というなら理解できますが「悪い」ときだけ日本を持ち出しても説得力はないでしょう。
日本は「朝鮮戦争」や「ベトナム戦争」で「血」を流さずに法外な利潤を得たという記述。「朝鮮戦争」が起こった時、日本は連合国軍に占領されており、「ベトナム戦争」にしても「憲法」の制約があり「血」を流したくとも流せなかったのではないでしょうか。(「朝鮮戦争」では日本人も掃海作業で死傷者を出しており、まったく「血」を流していないわけではないと思います)
「差別」と「区別」を混同するような記述もあり、全体的に「いいかげん」な本という印象をうけました。
96年当時は「タブー」を描いた「衝撃的」な本だったのだと思いますが、そのぶん現在の視点で見れば「アラ」の目立つ本だと思います。
とっかかりとして
本書が出版されてからもうすぐ10年とは早いものです。その間、在日韓国・朝鮮人(こういう表記が嫌だと「在日コリアン」になるのでしょう、面倒ですね)を取り巻く状況に大きな変化はあったでしょうか。
韓流、嫌韓、拉致問題といったマスコミ的・政治的に注目される動きがあり、ニューカマーの韓国人も増えるなど、韓国・朝鮮の問題と「在日」問題が絡み合い、状況は当時に比べ益々複雑になっていると思います。
本書には、時に過剰に感傷的になるきらいがあるも、野村氏の真摯な姿勢が感じられ好感が持てます。勿論、著者の視点は絶対ではありませんが、日頃「在日コリアン」について疑問なり興味を持たれている方には、とっかかりの書として一読することをお薦めします。
手垢のついたテーマを新鮮に
書かれている内容はじつはさほど目新しくもないんだけど、
新鮮な文体でつづられると伝わり方が違ってくる、という見本。
ヘビーなテーマも、ヘビーなままで提示しても誰も読まないけど、
これだけ‘売れる’本に仕上げた著者の力量は確かなものといえるでしょう。
取材で得た情報をどう伝えればいいのか、たいへん参考になります。
著者の成熟した視点を感じさせる
文句なしに面白い。日本人は「日本」というフィクションの中に生きている、と著者は言う。「日本」という国の内実に、在日コリアンという存在を通して、光を当てる見事な著作である。なにより、そこに生きる人々の息遣いが聞こえてくるような、民衆レベルでのアプローチは、学者の著作にはない、ノンフィクションならではの魅力である。日本社会が排他性を持つ程度に、在日コリアンは民族の殻に閉じこもらざるを得ない。そして彼らは、祖国の分断からくる、政治的な問題までをも抱えている。著者は、それにとどまらず、在米コリアンや、ベトナム戦争からの帰還兵などにも光を当て、視点の相対化を怠らない。単なる同化でもなく、民族への回帰でもない、「恨」を越えた、普遍的な人間としてのあり方を具現できる存在として、日本社会が在日コリアンを抱えているのは、本当に「幸運」であるのかもしれない。韓国や北朝鮮を、誰よりも相対化できているのも、在日コリアンであるという下りには、相当頷けるものがある。総連の罪も指摘しつつ、総連傘下にあるというだけで、直ちに北朝鮮と繋がっているとする単純思考に警鐘を鳴らすことも忘れない。総じて、著者の成熟した視点を感じさせる力のある書物である。多くの日本人が目を通すべき著作である。
