カスタマーレビュー
おすすめ度:
更なる被害の発信。。。
(2008-11-23)
少年犯罪によって愛息を亡くした、父・土師守さんの手記。被害者である淳君・生前の日常と、実に愛くるしい姿が鮮明に描かれている。土師さんの悲しみと加害者とその両親に対する不信は、痛々しいほど伝わってくる。
だが良識ある冷静さと、筆力をもって一語一句丁寧に、愛息への哀悼を込めて読手に語りかけてくださる。土師さんが執筆に至ったのは、我々が、いつの時代も痛ましい事件の内容にばかり目を向けがちで、いかにも形骸化した世論であることを、警告する意図はなかったろうか。淳君の平穏で幸せな日常に目を向けることは、被害者家族の境遇を思いやることにもなる。日常が一瞬で崩壊する「犯罪」がいかに醜悪で残忍なものかを思い知らされる。
絶望の渕でマスコミからの攻撃と、傍らで心無い人からの中傷、そして何より加害者側の鈍感で誠意を欠いた言動には、読手も苛ついて仕方ない。だが、辛くともこうして被害者家族が負う「更なる被害」を発信してくださった。被害者の側面をよく知ることができ、著者とその家族の努力には、敬服するばかりである。
あとがきには、本村氏が筆を添えている。土師さんとの出会いや、本書にも登場する少年法と被害者家族が負う理不尽さを丁寧に解説されおり、こちらも読み応え十分であった。
刑罰の根拠=遺族による復讐の代理、であるべき
(2007-09-27)
本書で一番印象に残っている場面は、父親が警察で淳君の遺体と対面するシーンだ。
この時の警察の対応はひどくデリカシーを欠く。もっと遺族感情、人間の尊厳を考えてほしい。
遺族にとって遺体は「物」ではない。父親は医者で親しい人物の死や死骸には慣れているはずだが、やはり衝撃を受けている。
日本の今を垣間見れる一冊です
(2007-08-19)
日本中が忘れることの出来ない衝撃的な事件からすでに、14年が経ちました。
被害者の遺族の方にとって、長かったようで短かった時間だったと思います。
この本では、子どもへの思い、加害者への思いが綴られていました。
加害者の親御さんが書いた「「少年A」この子を生んで・・・」と比較してみたのですが、
もちろん親御さんの立場は対極でありますが、
悲しいことに一つだけ共通していた点がありました。
それは、両者ともメディアに追われ、苦しい日々を過ごしたという事です。
それが悲しくもあり、今の日本社会を映し出しているようでした。
ご遺族の思い、そして今後の課題。
(2006-06-21)
この事件当時、私は仕事に遊びに多忙な22歳の若者でした。
当時色々な報道もありましたが、正直、「こんな凶悪犯罪があるんだ」程度にしか感じておらず、新聞もニュースも全く見ておりませんでした。
今となってはお恥ずかしい限りです。
現在、一人息子が小学生になり、少年犯罪のサイトなどに関心を持ち始め、
そのとき辿り着いたのが、この「淳」という一冊の本でした。
最初から最後まで一気に読みました。途中、読みながら体が震える思いでした・・・
「犯人が成人以上であってほしい」と願ったお父様のお気持ちが、今の私なら理解できます。
結果として、犯人は若干14歳の少年であったが故、犯罪史上稀に見る事件だと衝撃を世間に与えながらも、処罰、ならぬ、「更正」で、彼は既に世間に出ております。
ご遺族の方にとっては、少年法というのは、なんと残酷な法律なのでしょう・・・
被害に遭われた宝物である息子さんは二度と帰らないのに、加害者は数年でこうしてまた世間に戻って来られるのです。
改めて凄い憤りを感じました。
この本で触れている、「マスコミの過大報道」というのも、本当に被害者にとっては大変な苦痛です。
こんな酷い形で最愛の子供を失ったのに、追い討ちをかけるような誤報道、そして取材攻撃・・・これは本当に、今後マスコミの方にも真摯に受け止めていただきたいと思いました。
「少年A」は、更正施設にて過ごしただけに過ぎません。施設にいたことは償いではない、これからが本当の償いです。もちろん親もです。
被害者は帰ってこないという現実を一生をかけて償って欲しい。
そして、少年法、マスコミの報道姿勢・・・まだまだこのような犯罪に残された課題は、果てしなく無数にあると感じました。
涙無しでは読めません。
(2006-03-30)
あの忌まわしい「酒鬼薔薇事件」の被害者、土師淳君のお父様が、その悲しみと怒りの中で書き綴った手記です。私が本当に驚かされたのは、未成年の犯した事件の被害者がなぜここまで弱い立場に立たされるのか、という事でした。
マスコミは、事件発覚のその日から、連日の理不尽かつ狡猾な取材攻勢。そして、少年Aが悪いのではなく社会が悪い、教育が悪い、大人が悪いといった無責任な論調の大合唱。少年法は、被害者の感情をほとんど無視するものであり、少年Aは全く反省の色が無い。そして、少年Aの親は、事件発覚後もしばらくは自分の息子が犯人である事を納得せず、ずっと謝罪をためらい続け、挙句の果てには「息子をまともな大人に更生させる事が、淳君へのせめてもの償い」との勘違い発言をする始末。
亡くなった淳君の好きだった歌を、卒業式で子供達が泣きながら歌うシーンが出てくるんですが、それを読んだときは、もう声をあげて泣いてしまいました。
土師さん、これからもがんばって下さい。
おすすめ度:
更なる被害の発信。。。
少年犯罪によって愛息を亡くした、父・土師守さんの手記。被害者である淳君・生前の日常と、実に愛くるしい姿が鮮明に描かれている。土師さんの悲しみと加害者とその両親に対する不信は、痛々しいほど伝わってくる。
だが良識ある冷静さと、筆力をもって一語一句丁寧に、愛息への哀悼を込めて読手に語りかけてくださる。土師さんが執筆に至ったのは、我々が、いつの時代も痛ましい事件の内容にばかり目を向けがちで、いかにも形骸化した世論であることを、警告する意図はなかったろうか。淳君の平穏で幸せな日常に目を向けることは、被害者家族の境遇を思いやることにもなる。日常が一瞬で崩壊する「犯罪」がいかに醜悪で残忍なものかを思い知らされる。
絶望の渕でマスコミからの攻撃と、傍らで心無い人からの中傷、そして何より加害者側の鈍感で誠意を欠いた言動には、読手も苛ついて仕方ない。だが、辛くともこうして被害者家族が負う「更なる被害」を発信してくださった。被害者の側面をよく知ることができ、著者とその家族の努力には、敬服するばかりである。
あとがきには、本村氏が筆を添えている。土師さんとの出会いや、本書にも登場する少年法と被害者家族が負う理不尽さを丁寧に解説されおり、こちらも読み応え十分であった。
刑罰の根拠=遺族による復讐の代理、であるべき
本書で一番印象に残っている場面は、父親が警察で淳君の遺体と対面するシーンだ。
この時の警察の対応はひどくデリカシーを欠く。もっと遺族感情、人間の尊厳を考えてほしい。
遺族にとって遺体は「物」ではない。父親は医者で親しい人物の死や死骸には慣れているはずだが、やはり衝撃を受けている。
日本の今を垣間見れる一冊です
日本中が忘れることの出来ない衝撃的な事件からすでに、14年が経ちました。
被害者の遺族の方にとって、長かったようで短かった時間だったと思います。
この本では、子どもへの思い、加害者への思いが綴られていました。
加害者の親御さんが書いた「「少年A」この子を生んで・・・」と比較してみたのですが、
もちろん親御さんの立場は対極でありますが、
悲しいことに一つだけ共通していた点がありました。
それは、両者ともメディアに追われ、苦しい日々を過ごしたという事です。
それが悲しくもあり、今の日本社会を映し出しているようでした。
ご遺族の思い、そして今後の課題。
この事件当時、私は仕事に遊びに多忙な22歳の若者でした。
当時色々な報道もありましたが、正直、「こんな凶悪犯罪があるんだ」程度にしか感じておらず、新聞もニュースも全く見ておりませんでした。
今となってはお恥ずかしい限りです。
現在、一人息子が小学生になり、少年犯罪のサイトなどに関心を持ち始め、
そのとき辿り着いたのが、この「淳」という一冊の本でした。
最初から最後まで一気に読みました。途中、読みながら体が震える思いでした・・・
「犯人が成人以上であってほしい」と願ったお父様のお気持ちが、今の私なら理解できます。
結果として、犯人は若干14歳の少年であったが故、犯罪史上稀に見る事件だと衝撃を世間に与えながらも、処罰、ならぬ、「更正」で、彼は既に世間に出ております。
ご遺族の方にとっては、少年法というのは、なんと残酷な法律なのでしょう・・・
被害に遭われた宝物である息子さんは二度と帰らないのに、加害者は数年でこうしてまた世間に戻って来られるのです。
改めて凄い憤りを感じました。
この本で触れている、「マスコミの過大報道」というのも、本当に被害者にとっては大変な苦痛です。
こんな酷い形で最愛の子供を失ったのに、追い討ちをかけるような誤報道、そして取材攻撃・・・これは本当に、今後マスコミの方にも真摯に受け止めていただきたいと思いました。
「少年A」は、更正施設にて過ごしただけに過ぎません。施設にいたことは償いではない、これからが本当の償いです。もちろん親もです。
被害者は帰ってこないという現実を一生をかけて償って欲しい。
そして、少年法、マスコミの報道姿勢・・・まだまだこのような犯罪に残された課題は、果てしなく無数にあると感じました。
涙無しでは読めません。
あの忌まわしい「酒鬼薔薇事件」の被害者、土師淳君のお父様が、その悲しみと怒りの中で書き綴った手記です。私が本当に驚かされたのは、未成年の犯した事件の被害者がなぜここまで弱い立場に立たされるのか、という事でした。
マスコミは、事件発覚のその日から、連日の理不尽かつ狡猾な取材攻勢。そして、少年Aが悪いのではなく社会が悪い、教育が悪い、大人が悪いといった無責任な論調の大合唱。少年法は、被害者の感情をほとんど無視するものであり、少年Aは全く反省の色が無い。そして、少年Aの親は、事件発覚後もしばらくは自分の息子が犯人である事を納得せず、ずっと謝罪をためらい続け、挙句の果てには「息子をまともな大人に更生させる事が、淳君へのせめてもの償い」との勘違い発言をする始末。
亡くなった淳君の好きだった歌を、卒業式で子供達が泣きながら歌うシーンが出てくるんですが、それを読んだときは、もう声をあげて泣いてしまいました。
土師さん、これからもがんばって下さい。
