幼い娼婦だった私へ - 和書 - 子供と読む絵本の旅
Somaly Mam(原著)
高梨 ゆうり(翻訳)

文藝春秋

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価格:¥ 1,600
発売日:2006-07 /通常24時間以内に発送

カスタマーレビュー
おすすめ度:
日本だって、他人事ではない  (2008-11-10)
カンボジアで起きた出来事と哀れんでいる場合ではないと思う。
カンボジアはポルポトがそれまでの価値観を徹底的に叩き壊してしまった。
著者も書いているように、それまでのカンボジアは親が子供を強姦したり、売り飛ばしたり
するような国ではなかった。
日本もバブル崩壊後、著しく、人々の道徳観や倫理観が減退している。
日本がカンボジアのようにならないと断言はできないはず。


知ることから始まる  (2007-01-19)
前半は著者の少女時代の原体験、後半は人身売買を根絶するための活動が記されている。
少女時代の体験は、すさまじい。物心つかないうちに斡旋宿に売られ、何のためにそこにいるのかも理解できないでいる少女を待っていたのは性的暴行、虐待の日常。鎖につながれるというのだ。逃げても逃げても追い戻される。使い回され、使えなくなったら捨てられる。少女たちは生きる気力を失い、逃げることすら諦める。そこに人間としての尊厳は全くない。
自分とそう違わない年齢の著者の体験には、身につまされる思いで本当に辛かった。と同時に、現在までの精力的な活動に尊敬の念を覚えた。

著者の強いメッセージを一人でも多くの人に受け止めてほしい。


過酷な現実  (2006-12-20)
著者のソマリーが、自分が売られ、虐待され、暴行された体験と、その後のアフェシップ(Afesip=困窮する女性たちのために行動する会)を設立し、少女たちと共に苦しみながら闘う様を描いた手記。

子供や女性に対する虐待は当たり前。お金になるなら、子供を売ってしまう...著者ソマリーの語るカンボジア社会は、お金のある者、権力のある物なら何でもでき、貧者や弱者は法律も警察も社会も誰も守ってくれない過酷なところです。親は子を売ってもいいし、年長者が子供を殴るのは当前。夫が妻を殴るのは日常茶飯事。幼い少女は、売られ、売春させられ、病気になったら、捨てられる。今の日本の社会では、考えられないことです。でも、私たちが豊かに暮らしている今も、このような現実にさらされている子供たちがいること。なるべく多くの人に、この本を読んで想いをはせてもらいたいと思います。

そして、これから先、少しでもよくなっていくことを祈ります。

今苦しみの中にいる子供達  (2006-11-16)
表紙の女性の美しさとタイトルに衝撃を受けて読み始めたら止まらなくなった。内戦で疲弊したカンボジアでは、多くの子供達が虐待を受けているという。生活のために親が子を売る現実。その先に待つ売春宿での日々。人間が人間にそれも子供にこれほど酷いことができるのかと読むだけで人間不信に陥ってしまう。トリノ五輪の旗手の一人であった彼女にそのような過去があったとは知らなかった。幸いに地獄から抜け出した彼女は同じような境遇にいる娘達を救うため売春業者達の脅迫を受けながらも日々働いている。過去の記憶に苛まれる夜が続くという彼女に心の安らぎが一日も早く訪れますように。

人を信じることのできる幸せ  (2006-10-03)
周りにいる人たちを信じることができる。
そんな当たり前のことが、実はすごく幸せなのだと本書を読んで気づかされた。
そのくらい著者は幼い頃にボロボロに傷つき、騙され、人間不信に陥ってしまっていた。
カンボジアを旅行し、この国のことをもっと知りたいと思い手にした1冊だったが、
自分の訪れたあの温かい国が、まさかこれほどまでに深刻な問題を抱えているなんて、
しかもそれが現在進行形の話だなんて、頭を殴られた気分だ。
著者の正義感には、ただただ感服。
自分だけが苦しい状況から抜け出せれば、なんて思考回路は彼女のなかには存在しない。
売春や人身売買のどこが悪いのかもわからない輩にそれを辞めさせるのは、
右を左と言うようなくらい非現実的な挑戦なのかもしれない。
彼女の心にいつか必ず平穏が訪れますように。