カスタマーレビュー
おすすめ度:
自伝の傑作、時代史の名著〜復刊を望む
(2008-01-14)
清水幾太郎の目を通した戦前から昭和30年代までのおはなし。以前から一再ならず通読したほどの魅力がある。著者の目を通した時代の姿が何よりも貴重。或る時期までインテリの多くは左翼で、それも、一言発すれば大体世界観も人生観も判断力も丸見えになるような残念な人たちばかりで、右か左か以前に、貧しすぎて何に就け参考にならなかったが、著者は、そういう一群から一頭地抜けていた。現実感覚が優れている、といえばそれまでだが、勘の良さ、感受性は抜群で、それが「思想」で濁っていないところが良い。それは、何よりも明快で鬱陶しくない文章に表れている。尤も、昭和四十年代末期になって振り返っての話だから、著者とても、各時代時代では、時代の流れの中で、大いに左翼的でもあり、イデオロギーが先行しても居ただろうし、だから、全面講和、六十年安保と、大舞台の動きでは、全部現実に裏切られて(?)、悲喜劇に転落もしたのだろう。そんな悲喜劇を味わったことが、本書のモチーフであるかのようだ。一方で、著者の飛びぬけた才覚と、しかし、刻苦努力しては色んな壁に突き当たり、背負い投げを食らわされては、がっかりしながら、それでも時代を走り抜けている姿がとても魅力。でも、悲喜劇的な人物や状況は、著者だけでなく、本書の随所に現れる。結局、社会とは、振り返ると全部悲喜劇としか映らないかのようだが、そんな点も、共感してしまう。けれど現実を捨てずに真摯にまっしぐら、というところが良い。目線も、偉そうなところが無く、鼻につかないのも、著者の頭のよさと良識のためだと思う。同じ時代、丸山真男は、出版用で無いとは言え、「自己内対話」で、東大法学部の「リベラルな世界の空気」を「酸素吸入器」のように吸った、とか、小林秀雄が、道頓堀で、突然、モオツアルトのト短調シンフォニイが頭の中で鳴ったとか、書いていたが、その種の気取り屋の頓馬なことは絶対言わないのが著者の良いところだ。何に就け、現実に向き合った著者の正直な発言は立派だと思うが、著者の最晩年、「日本よ国家たれ」を書いたことで、著者の評価を「自動的に」零点にしてしまうような、そんな視野狭窄症が「思想界」には多い。ほとほとがっかりして亡くなった事だと思う。
やたらに面白い、幾太郎の「人生の断片」
(2004-02-06)
タイトルどおり、清水幾太郎の自伝。もともと彼は、コントの研究から始まり、マルクス主義からの社会学批判、「反語的精神」に徹した戦中、そして「戦後民主主義」への違和感を表明し続ける戦後といったように、スタンスを移動させている。そんな彼が、戦前の知的状況、駆り出された戦地での高見順らとの生活に、敗戦や自分の生い立ちを語る興味深い1冊。
おすすめ度:
自伝の傑作、時代史の名著〜復刊を望む
清水幾太郎の目を通した戦前から昭和30年代までのおはなし。以前から一再ならず通読したほどの魅力がある。著者の目を通した時代の姿が何よりも貴重。或る時期までインテリの多くは左翼で、それも、一言発すれば大体世界観も人生観も判断力も丸見えになるような残念な人たちばかりで、右か左か以前に、貧しすぎて何に就け参考にならなかったが、著者は、そういう一群から一頭地抜けていた。現実感覚が優れている、といえばそれまでだが、勘の良さ、感受性は抜群で、それが「思想」で濁っていないところが良い。それは、何よりも明快で鬱陶しくない文章に表れている。尤も、昭和四十年代末期になって振り返っての話だから、著者とても、各時代時代では、時代の流れの中で、大いに左翼的でもあり、イデオロギーが先行しても居ただろうし、だから、全面講和、六十年安保と、大舞台の動きでは、全部現実に裏切られて(?)、悲喜劇に転落もしたのだろう。そんな悲喜劇を味わったことが、本書のモチーフであるかのようだ。一方で、著者の飛びぬけた才覚と、しかし、刻苦努力しては色んな壁に突き当たり、背負い投げを食らわされては、がっかりしながら、それでも時代を走り抜けている姿がとても魅力。でも、悲喜劇的な人物や状況は、著者だけでなく、本書の随所に現れる。結局、社会とは、振り返ると全部悲喜劇としか映らないかのようだが、そんな点も、共感してしまう。けれど現実を捨てずに真摯にまっしぐら、というところが良い。目線も、偉そうなところが無く、鼻につかないのも、著者の頭のよさと良識のためだと思う。同じ時代、丸山真男は、出版用で無いとは言え、「自己内対話」で、東大法学部の「リベラルな世界の空気」を「酸素吸入器」のように吸った、とか、小林秀雄が、道頓堀で、突然、モオツアルトのト短調シンフォニイが頭の中で鳴ったとか、書いていたが、その種の気取り屋の頓馬なことは絶対言わないのが著者の良いところだ。何に就け、現実に向き合った著者の正直な発言は立派だと思うが、著者の最晩年、「日本よ国家たれ」を書いたことで、著者の評価を「自動的に」零点にしてしまうような、そんな視野狭窄症が「思想界」には多い。ほとほとがっかりして亡くなった事だと思う。
やたらに面白い、幾太郎の「人生の断片」
タイトルどおり、清水幾太郎の自伝。もともと彼は、コントの研究から始まり、マルクス主義からの社会学批判、「反語的精神」に徹した戦中、そして「戦後民主主義」への違和感を表明し続ける戦後といったように、スタンスを移動させている。そんな彼が、戦前の知的状況、駆り出された戦地での高見順らとの生活に、敗戦や自分の生い立ちを語る興味深い1冊。
戦前から活発に活動している清水のような人が自伝を書けば、当時の「知識人」がごまんと出てくるは当然で、その意味では戦前の言説を知るうえで実に面白い(たとえば最近ではろくに読まれることがない、ブハーリンがいかに権威をもっていたか、など)。さらに、戦前と比べて今はどうだ、というような戦後民主主義への批判や、ちょっとした考察が随所に織り込まれ、さながら戦後の清水幾太郎入門といった趣すら漂っている。戦後清水の言説を理解しようと思うのなら、本書から入るのが間違いなく捷径である。
とはいえ、そんな固いことをいわずとも、本書は自伝として抜群によいのだ。戦前と比べ、戦後の清水は実に読ませる本を書いていると思うが(内容はともかくとして)、その中でも本書は1,2を争う面白さである。面白い自伝を読みたい人、戦前の知的状況を知りたい人、清水幾太郎を読んでみたい人、いずれの人もきっと満足すると思う。
