カスタマーレビュー
おすすめ度:
ニュージーランドは余計だったのでは?
(2009-01-06)
原作を読み、NHK製作版も見ているので、期待半分、変にぶち壊されていないか不安半分で見ました。どうしても比較してみてしまいがちですが、ひとつの映画としてみればよい作品だったと思います。
俳優陣の役になりきった迫力の演技と、編集局内の臨場感あふれる演出、カメラワークにはすばらしいものがあり、まるで実際の事故当時の新聞社内の記録映像を見ている様です。
NHK版ではあまり描かれなかった、山岳シーンも見ごたえがありました。
しかし、です。原作がある以上、やはり物語の骨の部分が感じられなかったので、監督ご自身が言われている様に「何が言いたいのかわからない」などと言う批評が出るのもわかる気がします。
悠木は家族と別居はしていないし、淳には妹もいたはずです。燐太郎が衝立で悠木に告白する場面は
淳が「親父のために」と打ち込んだハーケンの話とともにひとつの感動のシーンでした。
安西が言った「下りるために登るんさ」という謎めいた言葉が軽く扱われていること。また、この事件で記者として大きな経験をし、やがて群馬をとび出し全国紙のトップの記者に成長していく神沢がなぜかここでは死んでしまう。悠木が出世コースをはずれ一人遊軍記者になっている原因でもある新人記者の望月のエピソードを入れなかった代わりかとも思いましたが、そのわりには何の責任も感じていない悠木。等等。
家族とすれ違い父親になりそこなった男が、御巣鷹山と谷川岳という二つの壁に立ち向かいながらやがて家族や仲間との絆を取り戻していく話と感じていたのですが、新聞社外の人間関係の描写が少なくそこのところが今ひとつ感じられなかったのが残念です。
原作を忠実になぞるのではなく製作者色をだすのは解りますし、それが相乗効果を持って引き立てば大いに賛成しますが、肝心なところが変わってしまうのならば、最初からオリジナルなものを製作するべきではないでしょうか。
テーマは何?
(2009-01-05)
NHK版クライマーズハイをみて、本作品を見ました。
テレビと映画とどちらが勝れているか、というよりも、
映画なら、墜落事故現場にもっとお金かけていいのでは?
役者のギャラにとられたんでしょうか。
この映画のテーマは
「新聞社の内幕を描く」ことですね。
「新聞は真実を書かねばならない」は、
今の時代(=テレビの情報番組が新聞記事の棒読みをする時代)には、
絵空事のようですからね。
判定
堤真一は、佐藤浩市に負けました。
監督が 魍魎の匣の監督とは・・・やはり・・・。
事故をめぐる物語は良いが
(2009-01-04)
未曾有の航空機事故をめぐる人々のドラマ。今まで経験したことのない状況でのせめぎあいにおいて、本音をぶつけあう演技が秀逸。
中でも、悲惨な事故現場に立会い、狂気すれすれのところでの執念を見せる堺雅人の演技が素晴らしかった。
ただ、事件当時のドラマは良いのだが、堤真一扮する主人公とその息子との絆を描く現代におけるドラマは、イマイチ事故当時とのドラマとのつながりが弱い印象があり、全体としての焦点がボケた感じがしたのが残念。
期待したけど
(2009-01-02)
原田眞人監督ということで期待していました。しかしながら残念。原作の持つ情念が感じられない。原作レイプですね。これだけの俳優陣をそろえても厳しかったのか?原田眞人監督は今の日本人監督の中でもナンバーワンだと思っていますが残念です。原作が可哀想です。神沢は心の奥深い部分で涙し、記者として成長していかなければならない存在であるし、その葬儀の場所で「ダブルチェックだ。」なんて興奮している男は悠木ではありえない。物語の骨格とも言える人物を此処まで変質させれば、もう、この映画はクライマーズハイとは言えない。
その場に居合わせたような臨場感と緊迫感
(2008-12-28)
その場に居合わせたような臨場感と緊迫感。
ストーリーは、1985年8月12日に起きた、総勢520名の犠牲者を出したJAL123便
墜落事故について、地元紙で全権デスクを任された悠木記者はどう振舞うか、
というもの。
とにかく、その場に居合わせたような臨場感と緊迫感が凄い。あえて描写
すると。
最初のほうに描かれる人間関係や対立がリアルで、よく分からないくらい複雑。
現場とデスクが対立したり、デスクと経営陣が対立したり、編集と広告・販売が
対立したり。その中でも、敵の敵は味方だったり、大義名分の下に集ったり。
内向きの話に終始して、一方で他紙とのスクープ合戦がある中での新聞記者
の活動っぷりに圧倒されます。堤真一が演じる主人公・悠木もその中に身をおき、
「ダブルチェックをする」
ことをポリシー(「それが言いたくて記者になった」とも)に置いて振舞う。
しかし、その振舞いも、徐々に苛立ちや妬みに巻き込まれて、我を忘れつつある
ところで、悠木が見るわけです。
遺族の方が、わざわざ自分たちの地元紙を選んで買い求める姿を。
そこで、初めて、お客様は誰か、提供する価値は何かに悠木は気付く。
以降は、気付いたことを信念にして迷い無く振舞う悠木がよかったですね!
もちろん、堤真一がカッコよいというものもありますが。
おすすめ度:
ニュージーランドは余計だったのでは?
原作を読み、NHK製作版も見ているので、期待半分、変にぶち壊されていないか不安半分で見ました。どうしても比較してみてしまいがちですが、ひとつの映画としてみればよい作品だったと思います。
俳優陣の役になりきった迫力の演技と、編集局内の臨場感あふれる演出、カメラワークにはすばらしいものがあり、まるで実際の事故当時の新聞社内の記録映像を見ている様です。
NHK版ではあまり描かれなかった、山岳シーンも見ごたえがありました。
しかし、です。原作がある以上、やはり物語の骨の部分が感じられなかったので、監督ご自身が言われている様に「何が言いたいのかわからない」などと言う批評が出るのもわかる気がします。
悠木は家族と別居はしていないし、淳には妹もいたはずです。燐太郎が衝立で悠木に告白する場面は
淳が「親父のために」と打ち込んだハーケンの話とともにひとつの感動のシーンでした。
安西が言った「下りるために登るんさ」という謎めいた言葉が軽く扱われていること。また、この事件で記者として大きな経験をし、やがて群馬をとび出し全国紙のトップの記者に成長していく神沢がなぜかここでは死んでしまう。悠木が出世コースをはずれ一人遊軍記者になっている原因でもある新人記者の望月のエピソードを入れなかった代わりかとも思いましたが、そのわりには何の責任も感じていない悠木。等等。
家族とすれ違い父親になりそこなった男が、御巣鷹山と谷川岳という二つの壁に立ち向かいながらやがて家族や仲間との絆を取り戻していく話と感じていたのですが、新聞社外の人間関係の描写が少なくそこのところが今ひとつ感じられなかったのが残念です。
原作を忠実になぞるのではなく製作者色をだすのは解りますし、それが相乗効果を持って引き立てば大いに賛成しますが、肝心なところが変わってしまうのならば、最初からオリジナルなものを製作するべきではないでしょうか。
テーマは何?
NHK版クライマーズハイをみて、本作品を見ました。
テレビと映画とどちらが勝れているか、というよりも、
映画なら、墜落事故現場にもっとお金かけていいのでは?
役者のギャラにとられたんでしょうか。
この映画のテーマは
「新聞社の内幕を描く」ことですね。
「新聞は真実を書かねばならない」は、
今の時代(=テレビの情報番組が新聞記事の棒読みをする時代)には、
絵空事のようですからね。
判定
堤真一は、佐藤浩市に負けました。
監督が 魍魎の匣の監督とは・・・やはり・・・。
事故をめぐる物語は良いが
未曾有の航空機事故をめぐる人々のドラマ。今まで経験したことのない状況でのせめぎあいにおいて、本音をぶつけあう演技が秀逸。
中でも、悲惨な事故現場に立会い、狂気すれすれのところでの執念を見せる堺雅人の演技が素晴らしかった。
ただ、事件当時のドラマは良いのだが、堤真一扮する主人公とその息子との絆を描く現代におけるドラマは、イマイチ事故当時とのドラマとのつながりが弱い印象があり、全体としての焦点がボケた感じがしたのが残念。
期待したけど
原田眞人監督ということで期待していました。しかしながら残念。原作の持つ情念が感じられない。原作レイプですね。これだけの俳優陣をそろえても厳しかったのか?原田眞人監督は今の日本人監督の中でもナンバーワンだと思っていますが残念です。原作が可哀想です。神沢は心の奥深い部分で涙し、記者として成長していかなければならない存在であるし、その葬儀の場所で「ダブルチェックだ。」なんて興奮している男は悠木ではありえない。物語の骨格とも言える人物を此処まで変質させれば、もう、この映画はクライマーズハイとは言えない。
その場に居合わせたような臨場感と緊迫感
その場に居合わせたような臨場感と緊迫感。
ストーリーは、1985年8月12日に起きた、総勢520名の犠牲者を出したJAL123便
墜落事故について、地元紙で全権デスクを任された悠木記者はどう振舞うか、
というもの。
とにかく、その場に居合わせたような臨場感と緊迫感が凄い。あえて描写
すると。
最初のほうに描かれる人間関係や対立がリアルで、よく分からないくらい複雑。
現場とデスクが対立したり、デスクと経営陣が対立したり、編集と広告・販売が
対立したり。その中でも、敵の敵は味方だったり、大義名分の下に集ったり。
内向きの話に終始して、一方で他紙とのスクープ合戦がある中での新聞記者
の活動っぷりに圧倒されます。堤真一が演じる主人公・悠木もその中に身をおき、
「ダブルチェックをする」
ことをポリシー(「それが言いたくて記者になった」とも)に置いて振舞う。
しかし、その振舞いも、徐々に苛立ちや妬みに巻き込まれて、我を忘れつつある
ところで、悠木が見るわけです。
遺族の方が、わざわざ自分たちの地元紙を選んで買い求める姿を。
そこで、初めて、お客様は誰か、提供する価値は何かに悠木は気付く。
以降は、気付いたことを信念にして迷い無く振舞う悠木がよかったですね!
もちろん、堤真一がカッコよいというものもありますが。
