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赤い車の男
松本人志の、「俺の笑いで既成概念を変えてやろう」と言わんばかりの気概が伝わってくるライブ映像。内容もそれに伴って気合が入っている。着目したいのが、「赤い車の男」である。このコントでは、全てが不条理に包まれていて、何一つ意味をとらえられる所が無い(彼がそれまでに作り出したコントの数々の中でも飛びぬけている)。
わたしは、「ライブ」であるという必然性があるのかどうかというところを考える。 このライブとは並行して「ごっつ」もそれまで通りに放送されていた。「ライブ」であるという必然性。正直、松本人志が作るコントは、アドリブも多く取り入れられ、その「ライブ感」という観点から言えば、ごっつで作られたコントの方が勝っている。その場限りでしか生まれなかったようなアドリブが多くあるのは、「ごっつ」のコントの様式である。一方「寸止め海峡」は入場料一万円を取ったライブ、完成度の低いものは到底見せられないとばかりに、ガチガチに煮詰めたコントの数々が並ぶ。このライブは「作品」という形式に近い。つまり、伝えたいものは「ライブ感」ではなく、「作品としての笑い」だ。 わたしは、それを収束させるものとして、「赤い車の男」があると思う。このコントに関しては、「入場料一万円ライブ」でやる「必然性」を大いに感じるのだ。松本人志は、常に、「笑いを軽視」されることに煩悶を抱えていた。無料で見れるものという形式を乗り越えたかったのだと感じる。 当然一万円払っていれば、観客も手を抜くわけには行かない。その笑いの全てを受け止めたいと思うのが普通である。だからこそ、「赤い車の男」の意義がある。このコントを、ごっつで発表していたとしても、このライブほどの鮮烈な衝撃は無かったと思う。また意味わからんことをやってるなぁ、くらいに流してしまう人も少なくなかっただろう。 ライブという形式、そこには、松本人志の気概、情熱の全てが込められている。「一万円払ってまで見せるライブのラスト、だからこそ普通では受け入れられないだろう不条理も、理解する姿勢を持ってくれることだろう」そんな心の叫びに裏打ちされているようだ。 このライブは、最も笑いと真摯に立ち向かっていた頃の松本人志のひとつの偉業ともいえる。ライブ後の、松本人志の言葉で綴られるモノローグも必見。こんな芸人が現れるのは、最初で最後かもしれない。 |
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寸止め海峡(仮題)~松本人志ライブ~ フォーライフ ミュージックエンタテイメント おすすめ度: 価格: ¥ 14,490 円 (税込み) |









